最後の日々と思う事

毎日がなんとなく過ぎていって
なんとなく忘れていきそうで怖くて
昔のブログを読み返し ああそうだこんな事もあったなって

ブログつけててよかったなーと思う日々


最後の日々の記憶が薄れていっても 思い出せるように

お世話になった皆さんに そんな日々の事を
伝えるのはきっとずっと 私の口からはできないと思うので
無意味に撮りまくった iPhoneに残る写真と共に
ちょっとだけ書いておこうと思いました



<あの日 救急病院に送られる前 かかりつけでのん気に待ってた時>

寂しいといえば寂しいし
現実味がないといえばないし
不思議と「あの時こうしてればっ!」というような
悔やんで辛い気持ちはないです

でも後悔がないかというとやっぱりゼロではなく

私の選択はこれで良かったのかな
もっとしてあげられることがあったんじゃないかな
もっとちゃんと気をつけていたら
ガンになんかならなかったんじゃないかな


抗がん剤の決断については これで良かったとは思うし
きっとあの時に戻れても同じ決断をする気がしますが
やっぱり やっていたらどんな運命になったのかな

とも思います


<救急病院から帰った直後 凛としてました>

でも こんなに全てを受け入れた気持ちになっているのは
最後の2ヶ月の日々のおかげかもしれません
こう書いてしまうとアレですが
「抗がん剤をしない」決断をし
ブログにカミングアウトした「覚悟を受け入れた」時からは


<救急病院の初診断の翌日 公園に行って>

<その後ホームセンターで 子猫にガンつけられてメンチ負け>



私達にあったのは
「病気を治す」日々でも「元気になる」ために頑張る日々でもなく
「1日でも長く生きられる」ように
「延命に最善を尽くす」日々でもなかったからです



<グッタリする時間も増えたけど合間に遊んだり>


<誘ったり 誘われたり>



延命=抗がん剤治療

それをしない決断をした私達にあったのは
確実に近く来る「別れ」の日に向けて
「後悔せず過ごす日々」
何も出来る治療というべきものはなかったけど
「出来るだけ辛くないよう 出来るだけゆっくりと過ごせる」よう努める日々でした



<ダルそうに ただ寝てる姿も>


<日に日に 増えていきました>


毎週、最後には毎日通っていた病院でしたが
する事といえば日々のステロイドとサプリを頂くことの他は
ドンドンと進んでいく症状と現実をただただ
毎回獣医さんと確認しあうだけ

かかりつけの先生は余命とかあとどのくらいとかは
一切言いませんでしたし 私も聞きませんでしたが

日に日に増える腹水
悪化する症状 元気の消失 ただみせるだけで何もできない診察

自分の決断に自信はありませんでした



<長く歩けなくなって ほとんど抱っこだったけど


<病院に出たついでには公園に散歩


<調子が良ければ 少し歩いたり>


「後悔しない日々」
言うは簡単だけど どうすればいいのか
何をすればいいのか
何をすれば喜ぶのか 辛いのか
そもそも何をしておけば後悔しないのか

LINEで友達にグダを聞いてもらいながらも
結論は出ず
結局悩むだけで後悔のしない毎日なんて
ちっとも送ってあげられなかった気がする


<骨と皮レベルに痩せてきたし 頬の肉もそげて
毛も抜けてきたけど やっぱりイケメン!>


<病気になってからの定位置
今もここにいる気がして、、、>


頼みのバッチリだった食欲も だんだんおちはじめ
食べに来なくなったり 残したり
口に運んでやって やっと少し食べたり

何とか食べるものを買ってきたり作ったり
高カロリー計画実施中の腕の隙間から
毎度割り込みねじ込みな茶色い子に
とりあえず怒ったり

具合悪くなっても食べなくても
動けなくても母ちゃんが大好きでヤキモチやいて
唸りだけで妹に勝ってました


<プロシャンどうだったんだよー?>




<肉が落ちて 腹水いっぱいで ビア樽型、、、>


ヨタヨタとちゃんと歩く事もできず
定位置へのクッション階段も自分で登れなくなったけど
でも度々寝やすい場所を探すのか 移動したいのか部屋の中を転々として

何かをしてほしいのか 甘えたいのか 辛いのか
毎日私の姿が見えないとよウーウーと呼んで
いる時はじっと私をみつめながら
ウー ウー と小さく唸って何かを伝え続けました








1月末ごろから 急にまた貧血も進んでいたのでしょう
より具合はグッタリと悪そうになりました

病気になってから 一週間ごとくらいに
小さな目標をたて
「この日は⚪︎⚪︎があるからね
絶対一緒にしようね (行こうね)約束ね」
と やっていましたが
だんだん何を目標にしていいかわからなくなりました

誕生日?お花見??
どう前向きに考えても現実味のない先の目標

目標の約束を立てるのはやめました
ただ毎日願ったのは 約束したのは

出来る限り辛くないように
最後のその時は 私のちょっと席を外した時や寝てる時だけはやめてね
絶対絶対 私に見送らせてね と






<首輪が細くなり過ぎて こんなに余るようになりました>


最後の日

この日も もうとれなくなった栄養と薬を注射でうけにいきました

(食べたら どうにかなるという状態でもなかったので
食べたいものを食べたい範囲で食べられればいいと
お互いが辛い強制給餌はしませんでした)



もう検査はしなかったけど
2月に入った頃からもう きっといくところまで貧血は進んでおり
たまたまこの日 待合室で写真を撮ったんですが
この数日 歯茎は真っ白といえるほどの色でした



風もほとんどなくあたたかで
休みだったダンナがちょうど塾帰りのムスコを拾って
うめと一緒に迎えに来たので

診察帰りに皆で(ムスメは部活でいなかったけど)
お昼を買って 公園にいってたべました





交代でゆずを抱っこしながら 公園を一周ぐるっとまわり

そろそろ車に乗ろうかという時に
その時はやってきました



正直 私が最後はこう送ってやりたい
そう願っていたシチュエイションとは随分違ってしまいました

あの時こうしていれば、、、という気持ちはなくもないですが
なぜだか 後悔はしていません
こう送り出したのも何かの運命だったと思うからです
何故かそんな気がします


最後の最後にフォースオピニオンに悩みに行った時
病院の駐車場で虹が出ていました




もしかしたらいい兆しかと思ったんですが
この日の結果は今迄で1番聞きたくない一言を聞き
治療を断念した日でもあります

ゆずのリンパ腫は「内臓型、腹腔型」と言えるようなもので
触ってわかるリンパの腫れはありませんでした
最後までありませんでした

また、消化器への問題はなかったので
下痢や嘔吐もほぼ最後までありませんでした

「定期的にエコーでもとりつづけてない限り
末期になって症状がでるまでわからない
不安要素もないのに
頻繁にエコーやレントゲンを撮る人もいないし
気づけなかったよ
リンパ腫になる原因は解明されていないよ」

何処かの獣医さんで言ってもらいました


でもやっぱり 思うんですよね
何故?って
防げなかったのか?
どうして ゆずなのか?って、、、

考えてもしょうがないんですけどね

<私のiPhoneの中に残る 1番昔のゆず

黒かったなー(笑)>


何だか言いたい事がわからなくなってきましたが
そんな感じで
「ゆずを送り出すための 2ヶ月」を過ごしました


誰かにゆずが頑張りきった事を伝えたいような
でも誰とも会いたくなくて
誰とも直接ゆずの話をしたくないような
10日間

明日以降は 少し引きこもりを解消して
ちょっとずつ、、、
まずは ゆずのための写真立てを探しに
街に出かけることからはじめたいと思います

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